京都下京区の整骨院なら大西整骨院の院長紹介

京都下京区の整骨院なら大西整骨院の院長紹介

  • 1982年4月8日生まれ
  • 京都府宇治市出身
  • A型

 

好きなもの・好きなこと

お笑い・空手・びわ湖・筋トレ・自然の中・天下一品のラーメン・昼寝・BBQ

 

1982年4月8日大西家の長男として誕生

母親が水谷豊のファンで当時流行っていたドラマ「熱中時代」の先生役、北野広大からとって名付けられました。

「広く大きい心をもった人に育ってほしい」と自分につけられた広大という名前。

とても大好きで、この名前をくれた両親には、ほんとに感謝しています。

 

保育園

小さい時は背が高く、人懐っこくて、とてもやんちゃな幼少期でした。

仮面ライダーやヒーロー戦隊に憧れていて、いつもヒーローごっこをして遊んでいました。

 

小学校

1年生から近所の空手道場に通いはじめました。高校卒業までの12年間、空手道を続け、技術はもちろんですが、それよりも「自分から挨拶をする」「ものごとを最後までやりきる」「仲間と共に協力する」など、これから成長していく上でとても大切なことを通っていた空手道場ではたくさん学びました。

師範には今でもほんとに感謝しています。

 

中学校

中学生になり、新しい友達も増え、毎日楽しい学校生活を送っていました。

空手の練習をしていて腰に痛みを感じ、生まれて初めて整骨院に行き、施術をしてもらいました。この時はこんな仕事もあるんだなぁというくらいの印象でした。将来自分がこの仕事をするなんて思ってもいませんでした。

 

高校

空手の推薦で京都外大西高校に入学し、空手道部に入部しました。

この京都外大西高校空手道部は、選抜・インターハイとほとんど毎年出場し、優勝経験が何度もある、全国でも有名な強い高校です。

とにかく厳しかった!

練習もそうですが、先輩との上下関係がしっかりしており、中学校卒業して間もない私にとっては全てが強烈でした。

しかし、この空手道部のとても濃い3年間で私は急激に成長することができました。

みんなで協力し、高校3年生の夏のインターハイでは団体3位になることができました。

「3年間、最後まで頑張ってやりきったこと」

「仲間と共に目標にむかって力をあわせたこと」

そして今でも繋がっている、「信頼できる友達や先輩・後輩に出会えたこと」

高校の3年間はとても充実し、楽しく、私にとって大切な時間を過ごすことができました。

 

進路を考える

それと同時に卒業後どうするかを考える時期がきました。

大学に行くのか、就職するのか。

いろいろと考えているうちに、一つの答えにたどり着きました。

高校生ながらに考えた答えは「人が喜んでくれて、笑顔がみれる仕事」につきたい!でした。

社会人経験なんてまったくないんですが、自分がこれから仕事をしていく上で「人に喜んでもらえる仕事」は自分の活力にもなるし、なにより喜んでもらって、笑顔が見れるってめちゃくちゃ嬉しい!と思いました。

「そんな仕事っていったいなんやろ??」

と色々考えたりしてた中、ハッとひらめき、自分の心に湧き上がってきたものがありました。

それは、「整骨院の先生」。

高校時代は練習で痛めた腰や身体のケアで頻繁に整骨院に通っていました。

いつも暖かく迎えてくれて、優しく施術してくれる先生。

「人のために役にたてる仕事って素敵やなぁ」

「自分もこうやって身体の痛みや不調で困ってる人を助ける仕事をしてみたい」

という想いが出てくるようになり、卒業後は柔道整復師の専門学校に入学することを決めました。

 

専門学校

大阪の明治東洋医学院専門学校に入学。

夜間部だったのもあり、私と同じ年代から仕事帰りの50代の方まで幅広い年齢の方達と、3年間を共に学びました。

同級生が年上の方ばかりだったので、初めは戸惑いましたが、さすが人生の先輩方!世間知らずの19歳の私に社会の色々なことをたくさん教えてくれました。

勉強では、何度も復習しないと覚えれないタイプなので入学して一番初めの学校のテストでは勢い余ってテスト1ヵ月前から勉強をはじめました。

今考えると早過ぎますが、当時は一生懸命勉強頑張らなくては!と必死やったんですね(笑)

解剖学や生理学、運動学など、人間の身体のしくみを勉強するにつれて、身体のメカニズムのすごさや素晴らしさを知ることができ、毎回驚いていたのを覚えています。

そして、卒業時に国家資格を取得することができました。

 

就職

専門学校時代の同級生(年上の方)が卒業と同時に開業することとなり、そこで初めての社会人として働き始めました。

わからないことばかりだったので、とにかく必死でした。

院長先生には施術の基礎から社会人としての心構えなど、いろいろなことを教えていただきました。よく怒られましたが、私の成長を願ってのことだったので、その気持ちがすごく伝わってくる先生で嬉しかったのを覚えています。

その後も、2つの治療院で働いて勉強をさせてもらいました。

院によって施術の考え方や方法が違い、幅広く見識をもつことができました。

そして、どの治療院の院長先生もとても優しく、誠意をもって教えてくださいました。

計9年間の修行時代、「僕はほんとに人に恵まれてたなぁ」と今でも感謝しています。

 

大西整骨院オープン

平成25年4月20日に念願の大西整骨院をオープンしました。

 

私の使命(ミッション)

私の使命は、患者さまが痛みや不調を改善することにより、「人生を楽しく、イキイキと毎日を過ごしてもらえる」ようにサポートすることです。

身体が良くなり、改善することによって、心も明るくなり「さあ明日もがんばろう」と、元気に毎日を過ごしてもらえることを一番に願ってます。

患者さまお一人お一人の症状やお悩みとしっかり向き合い、一番近くで喜びを分かちあえるように、あえて予約制のプライベート整骨院にしました。

「生涯を通したお身体のメンテナンスパートナー」として側にいて、みなさまのお役に立てればと思っています。

 

なぜ整骨院を始めたのか?

私は高校卒業時に進路をどうするか悩んでいました。

大学に行くのか、就職するのか。

いろいろと考えているうちに、一つの答えにたどり着きました。

高校生ながらに考えた答えは「人が喜んでくれて、笑顔がみれる仕事」につきたい!でした。

小さいときから人に喜んでもらえることが好きだった私は、自分がこれから仕事をしていく上で「人に喜んでもらえる仕事」は自分の活力にもなるし、なにより喜んでもらって、笑顔が見れるってめちゃくちゃ嬉しい!と思いました。

「そんな仕事っていったいなんやろ??」

と色々考えました。

なにか生活に役立つモノのお店?美味しい料理を作って喜んでもらう?「いやいや、料理なんて一度もしたことない。」恋愛は永遠のテーマかな?じゃあ結婚相手をみつけるお手伝い?「これは幸せな笑顔がみれるなー!!」など
色々な喜んでもらえる仕事を高校生ながらに考え、想像しました。

小学1年生から高校3年生までやり続けた空手。12年間の中で私はたくさんのケガをしましたし、中でも腰痛がひどくて空手を続けることができないと悩んだ時期もありました。

「なんでこんな大事な時に痛くなるんや!」と自分自身が情けなく、落ち込んだ事もありました。そんな時に私は整体や整骨院にいき、いつも助けてもらいました。診てくださった先生のおかげで、高校まで大好きな空手を続けることができました。ほんとに嬉しく、先生には今でも感謝しています。

そんな中、ハッとひらめき、自分の心に湧き上がってきたものがありました。

それは、「整骨院の先生」。

いつも暖かく迎えてくれて、優しく施術してくれる先生。

「人のお役にたてる仕事!」

「人に喜んでもらえて笑顔がみれる仕事!」

「自分もこうやって身体の痛みや不調で困ってる人を助ける仕事をしてみたい」

という想いが出てくるようになり高校卒業後、思いきって明治東洋医学院専門学校に入学し、この道への第一歩をスタートさせました。それから9年素晴らしい先生方に出会い、教えを乞い、自分自身とても成長することができました。

また、色々な身体や健康に関する知識や技術を学んでいく中で健康であることの大切さに気づき、自分の両親に対する想いも出てきました。

今まで一生懸命に朝から晩まで仕事して私を育ててくれた両親。

自分のしたかったことや我慢してきたことがたくさんあったはずです。 それでも一生懸命私を育ててくれました。

本当にありがたい。

だから、これからは自分のことを優先して自分のために人生を楽しんでほしい!イキイキといつも元気でいてほしい!

そんな想いが湧き上がってきました。

それから私はより一層加速して勉強し、たくさんの経験をつみ、知識を深めることに努めました。

そして「これなら困ってる方のお役に立てる。」と自分の中で自信が確信に変わった10年目の平成25年4月20日。

京都の寺町高辻にて「大西整骨院」をオープンいたしました。